ビバーク
ビバークの種類
ビバークは小屋や幕営・露営具(テントなど)を用いず夜を明かすことを指し、「計画的に行う」ものと、アクシデント等により「予定外に行う」ものとがある。昔の旅人や昭和のころまでの登山者は、必要さえあれば普通に計画的なビバークを行っていた。しかし最近ビバークといえば、遭難時や遭難寸前の止むを得ぬ宿泊を指すことが多いようだ。携帯電話や登山届等による情報管理、登山者の体力の低下、安全指向の増大などにより、ビバークを普通と考えなくなってきたことが背景にあるのだろう。
ここで取り上げるビバークは、「計画的に行う」方のビバークである。日本の主要な登山対象の山地では許可地以外での幕営を禁止とする山域が多く、遡行・未踏(または稀踏)ルートでは行程により指定幕営地が利用できないことが珍しくない。そのような場合、必然的に「計画的なビバーク」が必要になるのである。
「計画的ビバーク」の具体例 ─自分の場合
秩父の滝川・入川流域は利用できる登山道が少なく、悪路の通行、遡行ではビバークを要することが珍しくない。計画的なビバークにも、予め予定地を決め、時間に若干の余裕があっても予定通りの場所でビバークする場合と、状況に応じて臨機応変にビバーク地を見つける場合がある。
私の場合、もっぱら後者の方だ。秩父で経験したビバーク点は、三ッ山南西方の孫左衛門尾根を派出する国境稜線の1980M圏峰付近、東仙波北方の焼小屋ノ頭付近、八百平西方に出る八百尾根1550M圏付近、唐松尾北尾根1420M圏付近、荒川谷(通称金山沢)左岸1120M圏などだ。いずれも日没でそれ以上の行動は危険と判断し、その時々の判断で適当な場所を選定したものだ。先行記録のないルートでは所要時間の正確な推測が不可能であり、だだ行程の長さからしてどこかでビバークすることになろうとの覚悟はしているケースである。
個人的に言えば、ビバークは宿泊(幕営・露営)でない。ただの長い休憩である。朝早く寝不足で出発して山頂で昼寝をするのと同じように、夜暗くなったから明るくなるまで行動を休止する、という感覚だ。だから、宿泊するための装備は何も持っていない。誤解しないでいただきたいのは、このような行動を決して勧めているのではなく、ビバークとはそういうものだと言っているのである。ちゃんとした夜明かしの装備があるのならそれは幕営であり、装備がないからビバークなのである。これを危険と考える方は、絶対ビバークしないよう行動すべきであり、ビバークする時はすでに遭難している時であろう。登山や山中の行動に関しては、能力・体力の個人差が極めて大きい。他人が出来ても自分に出来ないこと、自分が出来ても他人に出来ないことがある。他人の話を参考情報として頭に入れるのは良いが、無闇に真似すべきではない。
まず「計画的ビバーク」の大前提として、ビバークの装備では凌ぐことが出来ない荒天(強い雨風)や寒波が予想されるときは入山しないことが、極めて大事である。これを怠った場合、自ら遭難しに行くようなものである。次に場所の選定として、風の余り来ない場所を慎重に選ぶ。ちょっとした風でもツェルトが飛んでしまうからだ。さらに体を横たえる平面がしっかり存在することが重要だ。石や枝は小さいものでも根気良く取り除く。私はヤブ潜りのため極力装備を減らすのでそうしていないが、寝心地良いマットを持って行かれる方には関係ないことかも知れない。やむを得ず斜いた場所に寝る場合、寝ているうちに少しずつずり落ちるので、数十分毎に元の場所に戻る必要があり、落ち着いて寝ていられない。また落葉や笹で柔らかい場所の方が格段に暖かくふかふかして寝心地がいいので、ビバークが近づくと歩きながらそういう場所をチェックするようにしている。
身体の上にはツェルトを被る。張り綱を使って枝に引っ掛けたり、枯枝をペグ代わりに使って工夫して空間を作る。木や枝が全くない場所もあるので、細い組み立て式のアルミポールの大小1本ずつだけは持っていき併用している。出来た空間は土管ほどのもので、テントに入るというイメージより、筒の中に潜り込むといった感じだ。一度入るとトイレに行くのも一苦労で、再び入るとき大抵構造物の一部を壊してしまう。
寝具は使わない。あくまでも自分流の流儀なので、使っても良いのだろうが、荷をコンパクトにする方を優先している。それ的なものとして、封筒型の非常用防寒シートを使用している。後は、手持ちの上着と雨具を着込む位だ。雪の日でも寒く寝れたものではないが、身体が凍ることはない。
炊事はしない。パンやレトルト食品等の必要最小限で済ませている。基本的に水場がない場所になるので、水も使わず、また必要以上に飲まないようにする。ただ万一の際、汲もうと思えば水を汲む能力は必要だ。水場の位置を登山地図や情報に頼っているのでは、ビバークするには心許ない。地形図を見てどこで水が汲めるか判断でき、道があってもなくても必要ならそこに到達できる能力が必要だ。
上記は一例に過ぎないが、ビバークというのはこういうものである。一般登山者であれば、「遭難」という状況であろう。だから一般登山者は、絶対にビバークすべきでない。