大反道 【廃径】

 大反(おおぞり)道とは、旧中川村と大久保谷とを、谷の悪場を避けながら最短距離で結ぶ歩道のことである。旧中川村(武州中川駅)から、大反山の西を巻いてクタシノクビレまでの部分は今も使われているが、その先の大久保谷までの部分が登山地図に記載されたのは、確認できた限りでは1975年が最後である。
 中川からクタシノクビレまでは、現在も一般のハイキングコースとして使われる道なので割愛し、クタシノクビレ以南の部分を歩いた。

●クタシノクビレ~近場ノ谷二号谷出合

 旧中川村から来た道はクタシノクビレで、水平を保ちながら、矢岳から北に伸びる尾根を乗越す。クタシノクビレは、つまり本来十字路なのだ。大久保谷へ向かう道だけはほとんど消えかかっているが、注意深く見れば、自然林を緩く登りながら続く道型を、判別できる。
 しかし進むこと数分で、植林地を囲む鹿除けネットに阻まれてしまうので、新秩父線69号鉄塔まで登って、ネット上から巻く。
 道の続きは、植林中の不明瞭な踏跡として続いている。この先、終点近くまで、ほぼ水平に進んで行く。正確に追うのが難しいほど頼りない踏跡だが、とにかく水平に行けば、道筋が見えてくる。ネットを過ぎて2~3分で、69号鉄塔から下ってきた巡視道に吸収され、やや良い踏跡になる。
 いったん自然林を通過し、小尾根を越えるところで再び植林に入る。小尾根上には、寄国土と事上(ことが)沢ノ頭をつなぐ踏跡と、黄色い東電標柱とがある。
 踏跡は、植林の中を断続的に、とにかく水平に進んでいく。突然目の前が開け、あっと驚くような大伐採地に出る。見るも無残な光景の中、踏跡もはっきりしないトラバースが、10分近く続く。
 大伐採地を抜けると、何事もなかったかのように、頼りない踏跡が復活し、すぐに踏跡を下方に分ける。位置的には大久保林道終点に続くものではないだろうか。
 県有林の黄色い看板を過ぎ、続いて小規模な岩稜の最下部を通過する。この付近は小崩壊が頻発している。中規模の崩壊が1ヶ所あるが、危険というほどではない。その崩壊通過直後、トラバースしながら登る踏跡を分ける。大反道の方がむしろ不明瞭であるが、ルートを水平に探すと続きが見つかる。
 緩い幅広の尾根を回り込むと、いよいよ踏跡は不明瞭になり、道筋を追うことが難しくなる。薄い踏跡が、植林中をなおも水平に進んでいるが、大反道は谷へとトラバース気味に下っているようだ。
 この下りの区間、道型はほぼ消えている。踏査時は偶然にも、途切れ途切れではあったが比較的新しい踏跡が残っていたので、注意深くそれを追うと、植林を抜けて自然林に入り、一号谷の炭焼釜跡に下り着いた。
 深い落葉に埋もれた不明瞭な道型は尚も続いている雰囲気で、二号谷へとトラバースしながら緩く下っているようだ。
 二号谷は、苔むした石とシオジの林が絵のように美しい谷だ。微かな道型は、恐らく県営林と表示されていたと思われる錆びた看板のある、二号谷の出合で近場ノ谷に降り立つ。石垣のように見える何かの遺稿があり、ここで、これもまた不明瞭な、近場ノ谷の登山道に突き当たる。

 

⌚ฺ  クタシノクビレ-(1時間30分)-近場ノ谷二号谷出合 [2013.4.14]

● [逆行区間]柿原橋~近場ノ谷二号谷出合

 大久保で作業小屋への車道を下に分け、なおも大久保林道(歩道)を2分進むと柿原橋があり、近場ノ谷を渡る。右岸についた微かな道型が、矢岳への道である。 おぼろげな道は、すぐ左岸に渡り、植林下部を通過した後、再び右岸に渡り、二号谷の出合で再度左岸に渡る。 出合には、その形状から県有林と表示されていたと思われる錆びた看板があり、二号谷には、石組みの何かの遺稿が見える。ここでクタシノクビレへ続く大反道が合流しているようなのだが、判別はほぼ不能だ。

 

⌚ฺ  大久保-(10分)-近場ノ谷二号谷出合 [2013.4.14]

【林道途中へのアクセスルート】(確認済みのもの)

  • 矢岳山稜道(クタシノクビレ)
  • 舟井戸尾根道

 

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大反道(クタシノクビレ付近)
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大伐採地を横切る
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大反道(近場ノ谷直前)
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二号谷出合の石組みの遺稿
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近場ノ谷三号谷上流の水涸部
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近場ノ谷を渡る大久保林道(歩道)