最近目につく「バリエーション」ハイキングの問題
最近、「バリエーション」ハイキングの問題が目につくようになりました。何も新しいことではありませんが、以前から存在し増加しつつあった問題が、著しく増加し、かつ抜き差しならぬほど重度になってきたと感じます。
具体的には、山道の踏み荒らし(本来あった薄い踏跡を判断出来ない者が出鱈目に踏み荒らし本来の道が不明になる)、必然性が不明なマーキング(ゴミになるだけでなく土地所有者が必要に応じてつけるマーキングが分かり難くなる)、位置や名称が間違った山名・地名表示の設置(登山者にニセ情報を与える危険行為)、危険な経路への誘導(大きな写真や懇切丁寧な説明で実力のない者を危険山域に誘導)、遭難的行動の肯定(道に迷っても何とかなった体験を掲載し、道迷いに対する心配のハードルを下げる)、ヤマレコ等での冒険的行動自慢による賞賛獲得競争、遭難騒ぎ多発による土地所有者の困惑と管理強化、バリエーションシリーズ(新ハイキング社)や奥多摩登山詳細図・奥武蔵登山詳細図(吉備人出版)等の危険山域誘導出版物(全く登山道でないルートをたまたま付いているマーキングテープを目印に紹介)など、由々しき事態が続発しています。その結果、自己の実力不足の認識がないまま、ホームページ・ブログ・地図・ガイド等に誘引されて実力以上のルートに入山したり、難しいのは承知の上でチャレンジや試しにと思って進むうち遭難するなどの事態に至っています。
ここでは諸問題を、以下の3項目に整理してみました。
- a.周囲の迷惑を顧みない、過度に自己(もしくは仲間内)中心的な行動
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自分や直接知っている仲間、知り合いでなくとも実力や目的が同じ境遇にある者のことだけを考えた行動が増加し、それが周囲に様々な問題を引き起こしています。登山についていえば、影響を与えている「周囲」とは、一つは登山初級者、一つは土地所有者・小屋関係者・地元・警察・家族等です。
まず個人レベルの問題を考えて見ます。微かな杣道の場合、正しい経路を確かめながら追うことなく、自分勝手に踏み荒らしながら登ってしまうと、その時の踏み分けと元々あった杣道の踏跡とが混ざって、細いながらも確実に続いていた1本の道筋がハッキリしなくなってしまいます。孫惣谷を渡って梯子坂ノクビレに向かって登り始める辺り、阿寺沢川の道が西原峠(佐野峠・阿寺沢乗越)に登りあげる直前などが、その一例です。
また特に奥多摩、奥武蔵、信州梓川では、作業道におけるマーキングテープの乱打が目立ちます。土地所有者(委託を受けた業者を含む)による物ではない、個人が勝手に付けたマーキングの話です。安全確保のため必要最小限(ルートの分岐・特に重要なピークなど)設置することは、従来から常識の範囲であれば暗黙のうちに見逃されていました。しかし意味や必要もなく数十Mないし100Mごとに蛍光色の目立つテープをつけている場合など、景観破壊であり、ゴミでしかありません。こんな執拗なマーキングが必要な人は、そもそも来るべき場所でないと思われます。実際、美観維持のためゴミテープを剥がしながら通る人もいますし、私も明らかに作業用でないテープは時として取るようにしています。土地所有者が作業上の必要でつけるマーキングとも判別し難く、他人の土地に侵入し作業を妨げるような設置物を取り付けるのは悪質と言えます。
土地所有者が管理上の理由で侵入を禁じている場所に入ることに対し、無神経すぎるホームページやブログも散見されます。登山自体、ルートによっては厳密にみると不法侵入となりますが、土地所有者側の警告の内容・方法・程度、登山者側の利用状況のバランスの中で、従来一定範囲の侵入が大目に見られてきました。しかし、土地所有者の強い警告や禁止事項を無視して侵入し、結果をウェブ上で大々的かつ詳細に誇示し、さらに第三者の侵入を誘発しているとしたらどうでしょうか。従来の、登山結果を仲間内の会報、山岳雑誌の簡単な報告程度の大目に見られてきた範囲を、大きく逸脱していると受け取られかねず、土地所有者側は告訴も視野に入ってきます。発表方法の可否に明確な線引がある訳ではありませんが、社会的影響の大きさで判断されるものでしょう。要は、その情報を見てそれを参考に行動を起こす人が、無視できないほどの数にのぼるか否かです。従来「バリエーション・ウォーキング」では、現地の微細な地形を知るには大縮尺すぎる2.5万図と、小さな写真(230×230pixel)、整理の悪い文章による、(申し訳ありませんでしたが)不親切な情報のみを、記録の一種として報告してきました。これが登山界に甚大な影響を与えたとは思いませんが、登山者の間でのバリエーションに対する高まりの関心に伴い、次第に人目に触れつつあるように感じました。
秩父では、国有林、東京都水道水源林、東大演習林が大きな比重を占めています。少なくとも国有林、東大演習林は入山規制についてホームページに明示しています。国有林の場合(外部サイトへリンク)、「歩道等を外れないよう心がける」、「踏査を行うには事前申請・許可が必要」等の制限があり、東大演習林の場合(外部サイトへリンク)、指定登山道(柳小屋への道、十文字峠道、雁坂往還、黒岩尾根登山道、和名倉山二瀬道)以外への立ち入りは事前申請が必要で、許可が得られれば入山可能(ただし気象警報及・注意報(大雨,強風など)が発令されていないこと)、とされています。さらに要所ごとに通行禁止の掲示が出されています。また東京都水道水源林の場合、ホームページ上の規制情報は見つけられませんでしたが、実地には要所に通行禁止の掲示や進入禁止を意味するロープを設置しています。この様な強度の規制状況からみて、恐らく敷地内に入った途端に逮捕とはならないと思われますが、「悪質な入林があった場合には、警察へ通報」(東大演習林)されることは避けられないでしょう。
十分な実力のない人が気軽に正規の登山道でないルートに入り、遭難騒ぎを起こすことが珍しくありません。それも、傍目で見れば自殺行為に近い、山を知る者からすればあり得ない不可解な遭難であったりします。このような行動は、本人が辛酸を舐める以上に、多くの人に迷惑を掛けていることを知っていただきたいと思います。捜索のため、少なくとも警察が動くことになります。しかしそれだけではありません。人道的観点から、ボランティアで山小屋の関係者、地元の人が手伝うことになります。さらにそれが何回か重なると、通行禁止の表示やロープ等の設置、入山規約の設定や事故時の連絡システムの整備など、関係者は様々な対策を取るための更なる労苦を強いられます。
出版企業側の問題としては、松浦隆康氏が著した「静かなる尾根歩き」、「バリエーションルートを楽しむ」、「バリエーション ハイキング」など一連のガイドブック(新ハイキング社)、また「山と高原地図」シリーズ(昭文社)、「登山詳細図」シリーズ(吉備人出版)などの登山案内図があります。これらは、ガイドや案内図に頼るような一般登山者は安全上行くべきでないコースを掲載・解説し、彼らにとっては危険な地域に誘導しています。ガイドで幾ら丁寧に説明しても、その程度の情報では安全に行動できない人が少なからず居ります。ガイドに記載した状況は、それを見る時点で既に、場合によっては過去の間違った情報になっており鵜呑みに出来ませんが、そのことに気づかない人も多数居ります。たまたま無事帰って来れたとして、それが何回か続いたとしても、実力がある訳ではなく運がよかっただけと言うこともあります。
たとえば猟銃の購入や使用は、誰でも可能な訳ではなく、生命に関わる程の危険性を考慮し許可制になっています。一方、実力のない登山者を危険に陥れる内容の、登山道でないルートを紹介したガイドブック、難路を掲載した登山案内図は、広く一般に販売されており、誰でも購入しそこに行くことが出来ます。自社中心の営利主義と言わざるを得ません。一例ですが、2017年3月、山と高原地図「奥武蔵・秩父」(昭文社)から大血川~酉谷山間の登山道が削除されました。ルートの掲載自体が一般登山者を危険に晒す行為としての警察からの指導と、自分の土地を通過するコースを無断で記載された地主からの苦情申し入れの両方があったためとも聞いています。 - b.注目を受けることを主目的とした本末転倒の登山
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ユーチューブ等の動画サイトでは、アイスのケースに入る、冷蔵庫で寝るなど、アクセスを集め賞賛を浴びる「ウケ狙い」目的の悪ふざけを投稿する犯罪行為が目立っていますが、登山の世界でもヤマレコ等での読者からの賞賛集めを目的とした、実力不相応な登山が散見されるとのことです。多少なりとも自己の存在を訴えかけるのは誰にでもあると思いますが、ここで述べるのは、山そのものより注目を集める方が主目的になっているような場合のことです。
これらの危険かつ迷惑な行動に対する対する注意喚起がこれまで殆ど為されていなかったのは、従来の伝統的な技術・情報伝達経路が「山岳会・山岳部」→「会員・部員」であったのに対し、最近は「商業誌・ネット発信者」→「無所属の個人・趣味の同好会員」になったためでしょう。前者のシステムは危険回避に対し十二分に注意が払われていたのに対し、後者のシステムは利益や楽しさ重視のため危険に配慮することが少ないようです。このあたりの事情は、佐倉葉氏が大変深く洞察し記事にまとめています(外部サイト)。「ヤマレコ」で目立つ記事を書くことで多くの賞賛コメントが寄せられるらしいので、登山はこのサイクルを維持するための目的と化して行くようです。
ブログやSNSなど、他者のコメントやいいね等の支持など双方向のコミュニケーション機能を持つシステムでは、程度の差こそあれ同種の問題が発生し得ます。また方向性が少し異なりますが、コンテンツを必要以上に充実させることでアクセスを稼ごうとする記事も良く見られます。写真の点数が多くサイズが大きい、道の状況・目印やマーキングなどの変化が起きやすい仮設の設置物の情報を詳細に報じるなど、がその例です。地形特徴に比べこれらは季節・時間経過に伴う変化が激しく、後日他者がその情報に接した時点で既に事実と異なる可能性すらあります。一般登山者にはこのようなネット上の情報を鵜呑みにし行動する人が少なからず居るので、これらの人を危険に晒すことになります。
- c.入山者の知識・経験不足
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私はインターネットが普及する以前の団体登山時代の生き残りなので、最近まで知りませんでしたが、この頃の登山者は、他者がアップしたネット情報やガイドブック・登山案内図等を使いながら、自己流の技術で一般登山道外の「バリエーションルート」を歩くことが流行っているようです。つまり、拙サイトの従前サイトである「バリエーションウォーキング」のような登山道でないルートは、一例ですがこのような登山歴を持つ、一定以上の技術力の登山者が行くものと思っていました。しかし最近各方面から聞いた情報を総合すると、その認識は実態と異なっていたようでした。
バリエーションルートを行くには、単独かつ無装備で、地形図さえあればどこでも自在に歩けるくらいの実力が必要です。もちろん他人のブログをコピーして持っていけば、偶々そのコースを歩けることはあると思います。比較的簡単なコースなら、「偶々」といっても98%以上の確率で無事下山できるでしょう。しかし98%とは、50人に1人が、もしくは50回に1回は遭難するということです。これを確率が低く安全であると言えますでしょうか。例えばこのサイト管理人の方(外部サイト)は、元々素人の一般登山者であったと聞きますが、独学で自己流の沢やヤブなどのバリエーション登山技術を身につけられたようです。しかしあいにく2010年の滝川ヘリ墜落事故の際、自サイトで発表するレポート作成のためにわざわざ検分に行こうとでもしたのでしょうか、現地を目前にした滝川左岸で墜死されました。あの辺の地形・道の状態は極めて悪く、私でも事前に周到に調査の上、慎重なルート選定をしながら行くようなところです。経験や判断力があれば避けられた遭難であり、またそもそも行かなければ何も起きなかったとも言え、大変残念なことでした。
これは登山に限りませんが、ネット時代を生きて来られた方の中には、ネット上にない事実は、調べて確認せずに、無視する、無かったことにする傾向があるようです。ネット上の情報は多くが最近20年以内のものであり、日本の登山史の中では部分的なものであると同時に、特にヤブやバリエーション絡みについては、技術レベルが低いものが多い特徴があります。つまり一般登山道以外のルートに関しては、ネットから得られる情報は参考情報として軽く受け止める程度なら構いませんが、事の次第によっては命を落とすようなバリエーション登山の参考にすべきものではありません。
ネット記録の技術水準の低さは、更なる影響を発生します。非ネット情報無視派の方にとっては、書籍・雑誌等に残されたそれ以前の膨大な山や道等の情報は存在しないも同然であり、ネット記録しか知らないことにより、ご自分の技術、山の難易度などを正しく判断することが難しくなります。また自分の技術レベルがどの程度であるかの判断を誤らせ、自分は人並みだと思ってしまいがちになります。加えて山岳会・部に所属しないため、そこからの情報も得ることが出来ません。一般登山道を歩く限りは良いのですが、独学のままバリエーションルートを歩くことは問題の種になります。自己流の登り方や、さほど高くない技術・経験レベルから抜け出せないことで、他人のブログやヤマレコなどに頼った確実性の低い山行の繰り返しに留まるにも関わらず、行き先だけは高度なルートを求めるようになりがちです。
バリエーションルートに関しては、他人に出来ることが自分に出来るとは限りません。他人がブログで紹介したバリエーションルート、バリエーションガイドに載っていたコース、登山案内図に難路として掲載のコースが、自分の実力で可能かどうか、それを正確に判断することができないでしょう。本当にバリエーションルートを歩く実力がある人は、そもそも他人のブログ、ガイドブック等の情報は全く不要であり、地形図さえあればよいはずです。その域に達しない人がバリエーションルートを歩くのは危険と言えます。その実力を山岳団体等の中で正しい技術を身につけた実力者に付いて学ぶのが、順当と思われます。
ネット時代の方には、記録とガイドの違いを認識していない方がいらっしゃるかも知れません。大きな違いは、記録は、他人がそれをバイブルとして登ることを想定して書かれてはいません。読んだ人が登れる実力があるかの判断はどこにも記されておらず、また書き漏らし事項があったり、地形・気象条件の変化で様子が変わっていたりと、それを頼りに行動することは出来ません。それらを汲んだ上、参考情報として頭にインプットする程度のものです。一方ガイドの方は、それを見た人が手にして実際訪れることを想定して書かれています。紙面や対象者次第で程度は変わりますが、登るのに必要な情報が入っているので、コースの難易度等が自分にフィットしている限り、利用可能です。ネット情報の殆どは記録であり、その意味では、参考にするのは良いですが、記述を鵜呑みにしてそれを読んで登るのは避けるべきです。また例えガイド風に書かれていたとしても、著者が山岳ガイドを記す実力を有しているかが定かでなく、そうでなければ記述自体が書き漏らしや判断の間違いを含む可能性があり、必ずしも信用できないものとなります。
興味本位の登山も、この類型かもしれません。実力に見合うかをしっかり吟味せず、試しに行って見るようなケースです。だめなら引き返せばよい、というのは基本であり大事なことですが、一定以上の技術に達しない方の場合、だめだと気づいた時には、道が分からない、引き返す技術力・体力がない、などのため、もう引き返せなくなっています。
【最後に】 バリエーションルートは、安全確実にに通行できる人だけが足を踏み入れるべき、一般の登山者にとっては危険なルートです。道は整備されておらず不明瞭かつ危険で、道標がなく、地図にも載っておらず、マーキングは登山ルートを示すものでなく山仕事の作業用のものが多いです。この状況で正しく歩くことは、一般登山者のレベルでは不可能です。例えば朝、車を運転して家を出るとき、ドライバーは皆、何事もなく夜再び帰ってくるつもりで出発します。今日、事故で死ぬか大怪我をするだろうと思いつつ出かける人は、一人もいないと思います。登山のバリエーションルートは、それと同じくらい確実に、無事歩き通せることを確信している方だけが行くところです。
登山の実力は千差万別です。心ある方は、この記述をご覧になって、「当たり前のことを偉そうに」とお思いとお察しします。本来私は、このような偉そうなことを書くほどの分際ではなく、高度な実績を誇る山岳会の指導的立場の山岳家の方が指針を示す方が相応しいと考えます。しかし最近、想像も付かないほどの初心者がバリエーションルートにチャレンジし、ここまでに述べたような様々な問題が発生していることを聞いたので、思い切って筆を執りました。バリエーションルートを採られる方は、①迷わない(遭難したり踏み荒らしたりしない)、②(マーキング等をむやみに)設置しない、③(ネット等で過度に)宣伝しない、の3点の励行にぜひご協力いただき、地主や地元の方に迷惑を掛けないようにすることで、今後も入山が続けられる状況の維持に関心を払って頂ければ嬉しいと思います。