中津川林道 【廃径】

 

 現在の車道(秩父市道17号)の旧称「中津川林道」と同名だが、その車道の開通前に存在した歩道の名称で、十文字峠道の四里観音と松尾坂とを結んでいたものと見られる。
 「ずっと以前行ったとき、十文字峠にこの林道の入口があったが、最近行ったときは、もう見られなかった。」「非常に荒廃しているそうであるから、まず通行困難であるかも知れない。」(原全教、奥秩父・続編[昭和10年])、「三国の腹に付けられた中津川林道は十四年来も手入れをせぬとの事だし」「十文字峠道へあと一息と云う所で鋸で伐られた木や五寸釘、かすがい等のある古木が処々に散乱している処を見ると、どうやら中津川林道の残骸らしく、この一事より推してみても歩けなくなってしまっている事は事実らしい。」(青木好通、山と渓谷82号[昭和18年])などのように、開通後間もない昭和十年代に林道はすでに荒れていたようだ。
 一方、戦後の資料では、「(昭和)42年新十文字小屋が、十文字峠から少し下った三国峠、梓山下山口、雪クボ林道の分岐点に建てられた。」(ブルーガイドブックス奥秩父の山と谷[昭和48年])の記述あり、また300Mほど下を併走する自動車用の「奥秩父林道」が昭和40年代後半に整備されたこと、昭和40年代後半に大規模な伐採・植林が行われたこと、戦前に荒廃していた大河俣林道(現・大河俣歩道)が戦後初期には一般向けのコースとしての案内されていること、などから、40年ほど前に一度復活したものと推測された。ただし復活時には中津川林道の名が既に車道の名称になっていたため、上武国境に沿う雪窪林道に吸収される形で、この部分も雪窪林道と呼ばれるようになった。
 林道の正確な位置についても情報は甚だ少ない。原が記した道標の記述は、旧三国峠から1.5Kの松尾尾根上(松尾尾根1620M圏と推定)に分岐があり、十文字峠へ12K、4時間50分とのことで、「ずっと以前行ったとき、十文字峠にこの林道の入口があったが、最近行ったときは、もう見られなかった。」(「奥秩父・続」)とし、荒廃が酷いと記している。昭和初期に荒廃が進んだことが示唆される。橋本龍伍は、十文字峠から「三国峠へ岐れる路が二筋ある」(「山小屋」22号(S8))としており、その一つが旧中津川なのかも知れない。小野幸は、旧十文字小屋(現四里観音避難小屋)を過ぎ、中津川林道分岐があり、甲武信~木賊の主脈を眺めてから幽林に入り(トラバースのことだろう)、十文字峠に達するとしている(「奥秩父の山々」)。分岐点は、四里観音付近の可能性がある。吉田卯吉は十文字小屋から1.2K栃本寄りに中津川雪久保林道分岐があるとしている(「山と渓谷」27号(S9))。青木好通は、旧中津川林道は「十四年来も手入れをせぬ」(「山と渓谷」82号(S18))ため使用不能とした上、大河俣沢遡行時に残骸を見たという。しかし、旧十文字小屋付近に、不法伐採の「古軌道」(「奥秩父・続」)と中津川へ下る旧大河俣林道とが、25分の距離(橋本龍伍)というので、小野・吉田・青木の記述は、古軌道、旧大河俣林道がごっちゃになって、中津川林道と表現されている可能性もある。榊原和夫は、松尾坂の下りで「十文字峠への道を右に分け」(「山と渓谷」102号(S22))と記すが、詳細位置の記述がないため旧中津川林道か旧大河俣林道か、区別がつかない。確かなのは結局、松尾尾根1620M圏から十文字峠にかけて国境稜線の東を巻きながら行く、ということだけである。

 

● 四里観音~十文字峠下

 四里観音から約50M進んだ一段高い股ノ沢源頭の山腹に、股ノ沢林道分岐の道標がある。ここで峠道は急に右折し、稜線を北に回り込み十文字峠まで横に進むが、この稜線を越える辺りで旧中津川林道が下っていたという。その地点を見たところでは、明らかな痕跡は認められなかった。
 旧林道は峠道の下を平行に進み、十文字峠の大河俣沢側の30~40Mほど下を通過し、現在の雪窪歩道に接続していたと見られる。十文字峠下の雪窪歩道側から旧中津川林道の道筋を探してみたが、判断が付かなかった。小屋下の斜面は多数の踏跡が入り乱れ、ゴミ、切株、幼木・下草が極めて多かった。人手が入りすぎてしまい、何十年前の痕跡は全く分からなかった。小屋下の斜面はまるで伐採跡かのように一帯に比べて不自然に明るく、落雷跡との話がある。これだけ陽光が入ると、陰樹であるシラビソやコメツガの幼木が生育し難く植生がなかなか回復していない様に見えた。この区間の林道は失われてしまったのかもしれない。

 

⌚ฺ  通行不能 [2015.9.19]

● 十文字峠~あさぎり橋上

 四里観音から入る旧道が通行不能のため、十文字峠の小屋近くから入る新道を利用した。新道とは言え数十年以上前のものである。十文字峠の雪窪歩道の入口は、清水武甲が「三国峠、梓山下山口、雪クボ林道の分岐点」と記した場所であり、現在の道標が雪窪歩道を除く三方のみを示していた。雪窪歩道は広大な小屋の敷地の北端をかすめるように大河俣沢源頭へ下り始めた。痕跡程度の踏跡があるが、小屋関係者によるの斜面に様々な方向への多数の踏跡があり、正しいルートを保つのに苦労した。頼りにならないほど稀に赤テープが見えたが、むしろ前回の記憶を頼りに、ひたすら直線的に斜めにトラバースして下った。弱い痕跡は夏草に覆われて目立たず、試行錯誤しながらの道となった。
 最初の小窪の向こうに、大きく露岩が迫り出した斜面が見えた。どんどん下ってそれを下から通過し、道は一旦水平になった。道型はほとんど見えず、地形や植生から気配を読み取って進んだ。それらしい複数の痕跡があれば、探り、試しながら前進した。十文字山(2072.1M)から東北東に出る急な窪を、大きく下りながら渡った。その向こうは黒々としたヒノキの微小尾根(地形図には現れない)であった。さらに不明瞭な痕跡に従って緩く下ると、自然林と混生した疎らなウラジロモミ植林の小尾根に出た。水平道の気配は、78空中図根点に向かうものであろう。幾つものあるかないかと言う程の痕跡が並存し、もう道筋の判断が全く付かなかった。ただ全体として、下らず水平に進んでいるようであった。
 十文字沢のおそらく奥秩父林道から斜めに来た多少ましな踏跡が、交差する。この踏跡から来ると、荒廃酷い雪久保林道を認識するのは難しいだろう(木の幹に白ビニールを設置)。
 水平に進むルートは、道型が消滅し掛かっており、倒木や枝の張り出しにも悩まされる。人的な形跡は、散在する古い切株と部分的に現れる道らしき形跡だけで、見出し標、標石等の人工物は全くない。しかし、ルートを外すと歩き難さが増加するのでそれと気づく。十文字沢源頭の水のない岩勝ちな小窪の一つを渡る際、崩壊と枝の張り出しのため微妙なトラバースとなる。皆が掴むであろう手頃な位置に張り出した枝が、樹皮が取れて滑らかになっているのも、ルートが正しいことを認識する上での貴重な手がかりだ。現在地は、周囲の地形を読みながら、地形図と照合して判断するしかない。数箇所の小規模の残雪があったが、そのために瞬間的にルートを失ったのは一箇所だけであった。残雪がこれ以上あると、ルート確保は極めて困難になる。
 のぞき岩(国境稜線上1922M独標)の南東200メートルの1950M圏肩状から北東に落ちる窪を渡る部分が、倒木や繁茂するシャクナゲのため横断しにくくかったので、体力とその先の所要時間を考慮し、その地点で撤退とした。伐採時のものらしい踏跡から窪の手前の小尾根を上がり、1950M圏肩状に上がった。のぞき岩まで一般歩道で移動した。

 

⌚ฺ  十文字峠-(1時間25分)-あさぎり橋上 [2015.9.19]

● あさぎり橋上~峯張尾根

 あさぎり橋上を過ぎても、それまでと同じく伐採後の二次林らしい重厚感のない自然林を、頼りない歩行痕跡として、何筋かに分かれながらほぼ水平に続いている。散在する大木の古い切株から、かつての美林を想像するしかない。小さなカラマツ植林を通過するが踏跡は不明瞭だ。
 植林の向こうの小尾根が、今朝登ってきたクルミ沢右岸尾根である。尾根上から北にかけて、厚さ10メートルほどの壁のようなシャクナゲヤブになっていて、歩きやすい抜道がない。遮二無二通過すると、また幾つかの痕跡が現れ、20~30メートルほど高度を下げて、クルミ沢右岸尾根から来た水平な踏跡に突き当たる。先ほど登り着いた合流点だ。ここでも、自分が小一時間前に設置したテープを見つけるのに多少手間取った。自然環境をなるべく壊さぬよう、テープは白色で最小限としているため、見つけにくいのは当然だが、それにしても分かりにくい道だ。
 クルミ沢右岸尾根の踏跡が、最後に水平な良い踏跡になったことから推測すると、尾根のシャクナゲヤブを突破する幾つかのルートがあり、そのうち一つはもっと下から越え、クルミ沢右岸尾根の踏跡に合流していたのかも知れない。
 クルミ沢上流は、奇跡的に手付かずの原生林が残されており、この部分の旧中津川林道は、大洞林道本線の大常木山の北あたりの様に美しい。林道は、急な岩壁を避け、クルミ沢右岸尾根からいったん下っていたが、再び登り返す。
 ここから、等高線が混み入った地形図で分かるとおり、難所続きだ。知らなければ、登挙用具を取り出すか撤退するかの選択になりそうな地形が次々と現れるが、巡視道なので必ず安全に突破できるルートがある。とはいっても、例えば遡行時の不安的な草つきのトラバースや高巻きをこなす程度の技術は必要だ。
 クルミ沢源流では、地形図で何とか認識できる小さな3つの窪を順次通過する。何れも意外と手応えがあった。どの崩壊窪も、渡ろうとすれば渡れないわけではないが、ルートを失い復帰に苦労しそうな状況だ。しかし、丹念に探せば必ず過去の通過者の痕跡を見つけることができた。
 最初の窪は、幅の広い崩壊でルートが消滅しているように見えるが、ほぼ水平に踏んだ痕跡がある。中ほどの倒木を登り気味に使ってうまく渡る。
 次の窪は、覆い被さる暗い岩壁下を30メートルほど下りながら通過すると、上下いずれの巻きも困難そうな、礫や倒木で埋まった本窪が現れる。高巻きを試みるが踏跡が徐々に弱まり、渡窪箇所も悪そうに見え、大抵の先人は諦めているようだ。そこで下巻きのため礫の詰まった窪を約30メートル下ると、庇状の岩の下を向こうに回りこめ、続く支窪も下り気味に通過した。反対から来ると、特に本窪の右岸が崖のように見え、ルートを見つけるのに苦労するかもしれない。
 三つ目の窪は幾つもの支窪の集まりでできており、10メートル下って小窪を通過し岩稜的な小尾根を回り、踏跡を注意深く追いながら、続く小窪は水平に越え、さらに次の小窪、倒木の小窪を越える。最後の倒木の小窪は倒木を使って約10メートル登ると、傾いた岩と土の斜面を微妙なバランスでトラバースできそうだが、安全を期してさらに10メートル高巻いた。
 シャクナゲが密生する67・68林班界尾根に乗ると、林道は幅広の尾根を横切るように斜めに約3分下り、カラマツ植林が出ると、水平歩行を再開し、源流で二俣となる桑ノ沢の流域に入る。
 頻発する、倒木、ヤブ、小崩壊のたびに撹乱されるので、丹念に先行者の足跡を探し、それを追うしか方法がない。一時、東京都水源林のような下草のない整然とした二次林となり、踏跡が安定するが、それもつかの間だった。また、小規模カラマツ植林と倒木帯とが交互に現れるようになる。
 三本の支窪に別れた桑ノ沢の左俣源流を通過し、尾根上の岩場を下巻き通過して、右俣源流に入る。数分進むと踏跡が薄くなり、目の前に信じられないほどの大崩壊が現れた。木も石もない、高さ200メートル、幅200メートル近くはあろうかと思われる、ガレた土の崩壊地に唖然とする。真ん中に僅かに取り残されたカラマツ林が見え、以前は植林地だったようだ。航空写真で見ると、2005年の小さな崩壊は、2009年頃には崩壊を広げ、最近数年で現在の大崩壊になったらしく、よく踏まれた巻道がまだできていない。
 観察すると、上巻きは約50メートルの登り、下巻きは百数十メートルの下りとなるので、迷わず上巻きした。大崩壊の縁に沿って登り、上端近くに来ると、崩壊内にあるテラス状の上方で崩壊に入る踏跡がある。慎重にトラバースしながら斜めに登り、崩壊の上に抜けた。踏跡は、取り残されたカラマツ植林の最上部あたりを水平に行くが、峯張尾根の1780M圏肩状の直下で小崩壊が続き、行くなら行けるが、安全確実な通過ルートが確保できない。
 捜索の結果、大崩壊の反対の縁に沿って約30メートル下ったところで、流された林道の続きらしい踏跡を発見した。これを辿ると、数分で大岩が現れ、下巻きを余儀なくされる。この辺で下に分かれる踏跡は、金蔵沢(地形図の金蔵沢は誤りで正しくは三国沢、三国沢1050M圏で南に入る沢が金蔵沢)に下る道であろう。すぐ先で、峯張尾根を越える。

 

⌚ฺ  あさぎり橋上-(15分)-クルミ沢左岸尾根-(1時間30分)-峯張尾根 [2014.9.22]

● 峯張尾根~ミネバリ沢源流(弥六橋上)

 しばらくの間、複数にばらけた微かな踏跡は、露岩や倒木を上下に除けながら、全体としては水平に進む。小尾根を通るたびに、小さなカラマツ植林がある。峯張尾根の北側は三国峠越の市道17号に近いため、車やバイクの騒音がやかましい。時に不明瞭になる踏跡だが、とにかく水平に歩きやすいところを進んでいくと、いつの間にか踏跡が現れる。
 崩れた窪や露岩をうまく交わしながら進み、いくつもの微小な尾根と窪とを次々と渡っていく。梓白岩が近づくと、3本の支窪に分かれた窪を標高差で20~30メートル斜めに下って高度を下げた。逆コースでは取り付きを見つけるのに苦労しそうだ。
 続いて広い小尾根の手ごわいシャクナゲヤブも斜めに下る。良く探すと多少ヤブが開けたルートがある。次の窪と支窪も下り気味に通過すると、68林班に小班のカラマツ植林の広いミネバリ沢源流の一つの小尾根がある。弥六橋の真上、もしくは梓白岩の真下にあたりである。歩きやすそうなこの小尾根は、作業用登路のひとつになっていたらしく、多少の踏まれた痕跡があり、半分土に埋まった弁当のプラスチックケースも見える。

 

⌚ฺ  峯張尾根-(45分)-ミネバリ沢源流 [2014.9.22]

● 三国沢歩道交差~松尾尾根(1620M圏)

 この時は、先の旧中津川林道は消滅したと思い、三国沢歩道を使って三国峠に向かおうと決めていた。尾根の南側を絡んで登る、悪くない踏跡があった。笹ヤブや潅木にまみれて、まとまり無く複数が並走しているが、ここまでの長い水平道よりは、よほどましだ。
 右手がカラマツ植林、尾根上にはシャクナゲや露岩が現れてきた。登り始めて十数分で、急に右に水平に行くようになった。尾根をまっすぐ登るものもあるが、水平踏跡の方が確りしている。試しに入って見ると、笹が終わり、大礫に覆われた美しい自然林となり、踏跡は消えた。しかし道が消えたのでなく、礫のため痕跡が残っていないということだろう。
 高度的には、市道を横切って下った分をちょうど登り返している。一つの仮説だが、完全に水平を保っていた旧林道が、車道の建設工事や切崩しのため接近する部分が使えなくなり、その部分だけやむを得ず高度をずらして新ルートが作られた、と見ると、あまりにも不自然な道の付け方が納得できる。
 三国山を巻く部分、松尾尾根まで植林が無いので、古い植林地を繋いでいたこれまでの部分以上に荒れが酷い。痕跡すら定かでない自然林の斜面、猛烈な笹ヤブを、歩きやすい部分を拾いながら、それとなくルートらしい雰囲気にしたがって水平に行く。幸い笹ヤブは探せば必ず弱点があったので、上へ下へと巻きながら通過するが、そういうところには必ず、先駆者の痕跡が残っていた。
 見上げた上方に空が見えるようになり、松尾尾根が少しずつ近づいてくる。笹ヤブは若干密度が低くなり、また枯死が増えてくるので、煩いながらもましになってくる。しかし痕跡は極めて不明瞭で、気配に従いひたすら水平に行く。以前人が歩いた近辺は、何となく雰囲気で感じ取れる。
 真南に向かう微小尾根(地形図でぎりぎり分かるもの)を回ると連続して、尾根上に踏跡がある東向きの大尾根を回りこむ。これが松尾尾根だ。特徴の無い尾根上の一地点で、帰宅後GPSデータを見ると、1620M圏であった。原全教の記録では、中津川林道の道標があったというが、今は尾根道すらやや怪しく、水平道の痕跡は、よほど気を付けていないと分からない(白テープ設置)。

 

⌚ฺ  三国沢歩道交差-(1時間50分)-松尾尾根 [2014.10.4]

● 車道(悪岩東尾根)~三国沢歩道交差

 市道に出たあたりを捜索したところ、旧中津川林道はどうもそのまま尾根をさらに下って入るようだった。はっきりしない痕跡ではあるが、道かも知れない場所はそこだけだった。
 カラマツ植林を2分下ると、左に良い踏跡が分かれていた。十字路かとも思ったが、今来た方と左とは多少道らしいが、他の二方は踏まれ方が弱い。林道はここで左に折れているのだ。つまり、市道の上方を水平に来た旧中津川林道は、垂直に高度を下げて市道をまたぎ、再び水平に進もうとしているらしい。
 古い桟橋やポリプロピレンテープが目に付き、歩き易い作業道だ。しめたと思ったのもつかの間、植林が切れ自然林になると、不明瞭な踏跡に戻ってしまった。
 苔むした緩い涸沢を渡るところで、対岸に低い岩壁が続いていた。下巻きでかわし、あくまでも水平に進むのがルートである。またもや斜めに倒れこむ笹ヤブが出てきて、難渋する。長い南面のトラバースの間、笹との格闘が続く。
 大木の切株とワイヤー残置が目立つ大尾根(68・69林班界尾根)を回るところでは、嘘のように道は落ち着いている。朽ちかけた桟橋があり、倒木の枝が落としてあることから、かつては手入れされた道であったことが伺える。
 細く枝打ちされていないヒノキ、疎らなカラマツなど、ずさんな小植林地を通過し、大倒木を跨いで小尾根に乗ると、直径数ミリのグレーのボタンが一つ、落葉の中に落ちていた。僅かな痕跡でも見逃さぬよう神経を研ぎ澄ませていると、こんなものも見つかるのかと、我ながら驚いた。
 弦が繁茂した小崩壊の窪を手こずって通過、踏跡も消えて水平に行くと、落ち着いた森になってきた。岩勝ちな微小支窪を渡り、すぐに苔で覆われた緩く水の無い沢を渡る。右岸にトタンの潰れ小屋があった。かつて水が流れていたのだろうか。
 ちょうど三国峠の下辺り、小さな窪と尾根、激しい笹ヤブが交互に現れ、踏跡は判然としない。ヤブが出る度にうまく巻いてかわしているような雰囲気だ。
 突然、戸惑うほど確りした踏跡になると、1524M独標(三国峠北1760M圏から出る尾根)となる。ドリンクビンが落ちていたので、目印に立てておいた。尾根の右を絡んで下るのが、大河俣橋から西沢の大カツラを経て上がってくる三国沢歩道だ。良い踏跡となった水平道は、ぷっつり途切れているように見える。散々捜索すると、前方のカラマツ植林に水平な踏跡が続いていることが分かったが、明らかにあまり踏まれておらず、植林時の一時的な作業道の痕跡のようだ。

 

⌚ฺ  車道-(1時間25分)-三国沢歩道交差 [2014.10.4]

● 三国沢歩道交差~松尾尾根(1620M圏)

 この時は、先の旧中津川林道は消滅したと思い、三国沢歩道を使って三国峠に向かおうと決めていた。尾根の南側を絡んで登る、悪くない踏跡があった。笹ヤブや潅木にまみれて、まとまり無く複数が並走しているが、ここまでの長い水平道よりは、よほどましだ。
 右手がカラマツ植林、尾根上にはシャクナゲや露岩が現れてきた。登り始めて十数分で、急に右に水平に行くようになった。尾根をまっすぐ登るものもあるが、水平踏跡の方が確りしている。試しに入って見ると、笹が終わり、大礫に覆われた美しい自然林となり、踏跡は消えた。しかし道が消えたのでなく、礫のため痕跡が残っていないということだろう。
 高度的には、市道を横切って下った分をちょうど登り返している。一つの仮説だが、完全に水平を保っていた旧林道が、車道の建設工事や切崩しのため接近する部分が使えなくなり、その部分だけやむを得ず高度をずらして新ルートが作られた、と見ると、あまりにも不自然な道の付け方が納得できる。
 三国山を巻く部分、松尾尾根まで植林が無いので、古い植林地を繋いでいたこれまでの部分以上に荒れが酷い。痕跡すら定かでない自然林の斜面、猛烈な笹ヤブを、歩きやすい部分を拾いながら、それとなくルートらしい雰囲気にしたがって水平に行く。幸い笹ヤブは探せば必ず弱点があったので、上へ下へと巻きながら通過するが、そういうところには必ず、先駆者の痕跡が残っていた。
 見上げた上方に空が見えるようになり、松尾尾根が少しずつ近づいてくる。笹ヤブは若干密度が低くなり、また枯死が増えてくるので、煩いながらもましになってくる。しかし痕跡は極めて不明瞭で、気配に従いひたすら水平に行く。以前人が歩いた近辺は、何となく雰囲気で感じ取れる。
 真南に向かう微小尾根(地形図でぎりぎり分かるもの)を回ると連続して、尾根上に踏跡がある東向きの大尾根を回りこむ。これが松尾尾根だ。特徴の無い尾根上の一地点で、帰宅後GPSデータを見ると、1620M圏であった。原全教の記録では、中津川林道の道標があったというが、今は尾根道すらやや怪しく、水平道の痕跡は、よほど気を付けていないと分からない(白テープ設置)。

 

⌚ฺ  三国沢歩道交差-(1時間50分)-松尾尾根 [2014.10.4]

【林道途中へのアクセスルート】(確認済みのもの)

  • 車道(奥秩父林道)からクルミ沢右岸尾根
  • 車道(市道17号)からミネバリ沢源流(弥六橋上)の小尾根のカラマツ植林地
  • 車道(市道17号)横断点(悪岩東尾根)

 

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十文字峠の梓山分岐の道標が林道入口
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十文字峠下の雪
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大河俣沢の伐採後の細い再生林を行く
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林道は最良部でこの程度の踏まれ方
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痕跡が著しく弱く経路判断が難しい
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自然に還りかかった林道
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岩場通過時に、張り出すヤブに苦戦
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苔むした古い切株が良く見られる
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伐採跡の二次林を行く旧中津川林道
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クルミ沢左岸尾根の原生林の林道
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落ち着いた原生林の通過は道型も安定
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崩壊した急斜面を踏跡を探してトラバース
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傾斜が強いため植生が薄い
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クルミ沢源頭の崩壊窪の一つ
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大岩をかわしての通過もしばしば
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ザレた崩壊地を恐る恐る通過
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67・68林班界尾根は開けて踏まれている感じ
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下草のない落ち着いた林相の部分も
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幅150~200メートルの大崩壊に出くわす
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大崩壊の上端に入って通過
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見下ろすとまるで雪渓のよう
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横長に連続する大崩壊は中々抜けられない
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大岩壁の下を回るところが峯張尾根
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カラマツ植林を通るがまともな踏跡はない
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この程度の崩壊窪が幾つとなく連続する
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露岩混じりの斜面を踏跡を失わぬよう下る
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下り部分では踏跡が分かり難い
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シャクナゲヤブの尾根を痕跡を拾って通過
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水の替わりに礫が流出した窪を渡る
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梓白岩下の68林班に小班カラマツ植林尾根
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露岩が多い急傾斜を慎重に進む
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旧林道なのでよく探せばルートはある
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笹ヤブで道が不明瞭に
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道型が見えるところは楽だ
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紅葉が始まった自然林
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落ち着いた森のトラバース
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苔むした原生林を通る
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踏跡さえ見えれば楽しいハイキング
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斜面の上から高い笹が倒れこむと苦しい
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潅木繁る悪岩東尾根を下る
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市道を尾根伝いに横切る
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ここから水平道に戻る(白テープ設置)
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落葉に埋もれそうな桟橋の残骸
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植林地内は歩きやすい
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笹がまた煩くなってきた
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笹が切れた尾根近くは道型が明瞭
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倒木の枝のかなり昔の古い処理跡
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ヒノキ植林内はそこそこ歩ける
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トタンの潰れ小屋
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広い窪を渡るところで道が消える
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1524M独標の三国沢歩道分岐
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落ちてた空瓶を目印に立てておいた
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三国峠への踏跡が定まらない尾根道
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水平道に入るも踏跡不明瞭
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笹ヤブの痕跡を拾って進む
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自然林の部分もさほど踏まれていない
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笹の中に微かな道型が見えることも
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礫と倒木の斜面を道の気配に頼って進む
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微かな松尾坂道が登ってくる