唐松尾・黒槐北面林道 page 4 【廃径】

 一般の通行は不可で、道の判別も困難のためトレースは難しい(参考に地形図を収載)。

 

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通り尾根~雁峠(国土地理院の5万分の1地形図を使用)

 

● 通り尾根一八八〇米付近~(ブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢右股の)一七六二米付近二股

 ほんの数十米進んで、すぐ隣の尾根(通り尾根一八九五米付近で出る支尾根)に達すると、この小尾根を下る踏跡と水平に続く踏跡とがあった。ここから西、一九九〇米前後の地形は複雑で険しいため水平に進み難く、小尾根を下る可能性があると予測した。念の為薄い水平踏跡の状況を確認したところ、二、三百米進んだ窪まで続いたが、その先の急傾斜地で消えてしまった。やはりここは小尾根の下りが正しいようだった。その小尾根を下り始めてすぐ、今しがた状況確認した水平踏跡の先に当たる位置に大ガレが見えたことで、正しい判断だったと確認された。
 低い笹に付いた左の窪の右岸小尾根の踏跡は、断続的ながらも確かに続き、一八四〇米付近で、通り尾根一八五〇米付近からの踏跡を右上から合わせた。ここで合流する踏跡は、分散し断続的なもので、さほどしっかりしたものではない。左手の小窪に沿って比較的明瞭な踏跡を一目散に下り、最後は急傾斜で沢辺に下り、その小窪、すなわちブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢左股の一七六三米付近の複雑な合流点に下った。ここまでに約一二〇米を下ったことになる。この合流点で、通り尾根一七六〇米圏からの水平踏跡を合わせることが、以前の訪問で分かっていたが、踏跡は沢の右岸で曖昧になるため認識することは難しい。この合流点は谷の浅い四股になっていて、中の二本は水流があり、両脇は涸窪であった。下方は見える範囲では長いナメを形成していた。
 少し下った、四股が完全に合わさり一本になった辺りの対岸に、バンド状の渡れる場所があった。そこから左岸に取り付くも酷く荒れていて、道の続きを捜索する必要があった。下方の山腹は岩壁になっていたので、多少登ってみると、道らしい痕跡の続きが感じられた。すぐ先で、今渡った沢の左岸支窪のガレを渡った。崩れてからかなり時間が経ち草付きになっていたので、通過は容易だった。しばらくの間、倒木帯を通過した。古木が消えた空地に幼樹がヤブのごとく生えてきて、林道は痕跡すら見いだせず見る影がなかった。かつて道があった気配は感じられるも、幼樹がさらに成長すれば分からなくなってしまうだろう。この辺り、以前も来ているのだが、荒廃が酷く、前回同様今回もなかなか明確に道筋を確信することができなかった。荒れた山腹では微小窪の通過すら一苦労だったが、その一つに偶然、大倒木が丸木の一本橋のように架かっていたので、有難く利用した。
 たまたま倒木が収まった一角で、断続的な道の痕跡が回復し、道を失っていないことが確認された。ブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢の一五三〇米圏二股に落ちる中間尾根に近づくと、次第にまた倒木と幼樹ヤブが増加、さらにアセビ・シャクナゲヤブが加わった。これらの灌木がしなやかだが硬い分枝を張り巡らしており、枝の隙間から道型が見えていても、容易く通行できないので始末が悪い。一番シャクナゲヤブが濃くなる尾根筋を回る辺りを、丁寧に古道の痕跡をなぞって通過した。その部分だけ多少ヤブが甘くなるので、できるだけ道筋を追ったのだが、枝の張り出しで道型を失うと、忽ち悪戦苦闘した。今年はシャクナゲが早く赤い蕾がポツポツと見られ、最初の花がもう咲き始めていた。尾根の芯をすぎると下方に笹原が現われ、踏跡はそこへ逃げ込んでいた。途端に歩みが早まり、ブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢右股の一七六二米付近二股が見えてきた。
 着いてみるとこの二股はやや三股気味で、本流の左股、支流の右股があり、さらに右端に微小窪が入っていたが、まあ二股と捉えて問題ないだろう。ここで小休止して、手の切れるような冷たい雪解け水で果物を冷やした。右股は見事な一直線で国境稜線に達しており、稜線越しの青空がよく見えた。この小流の右股窪を使えば、水流沿いでも左岸山腹の痕跡を辿っても登りやすく、容易に一八九〇米圏の国境(黒槐・笠取間一九〇九独標東鞍部)に達し、約十五分で笠取~黒槐間の登山道に立つことができる。
 ところで、枝沢を一九一五米付近で渡った林道は、緩く下って通り尾根を一八八〇米付近で通過した後、支沢の四股状の複雑な合流点までに突然約一二〇米を急下し、その後また雁峠までほぼ水平に進むという、不自然な径路を取っている。通り尾根から雁峠に掛け次第に高度を落とす可能性も考えられなくないが、通り尾根から急下せず等高に進む踏跡は長く続かず途中で途切れており、また仮に林道が次第に高度を落とした場合横切るはずの、ブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢の一五三〇米圏二股中間尾根や、同二股右股を詰めた経験では、その様な道の痕跡は認められなかった。従ってやはり、国境二〇二四独標北面の急傾斜地を回避し、しかもブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢左俣の入り組んだ山襞を追わずに林道総延長を短縮できる、急下ルートが林道の経路であろうと推測される。

 

⌚ฺ  通り尾根1880M付近-(15分)-支沢左股の1760M付近四股-(30分)-支沢右股の1760M付近二股 [2018.5.12]

● (ブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢右股の)一七六二米付近二股~笠取山北面岩壁東端

 二股の左岸を道は下り気味に続き、その先で今渡った流れの二つの左岸支窪を続けて渡った。苔むしたモミやツガの美しい原生林を行く、あるかなしかの痕跡を辿った。うんざりする様な崩壊や倒木を越え、シャクナゲヤブを縫って進んだ。小岩稜を少し登って越えると、向こうは緩い窪状だった。ブドウ沢の一四四〇米圏出合支沢と一四七〇米圏出合支沢を隔てる黒木の丸い尾根の辺りは、ある程度道らしい雰囲気が残っていた。断続的な道の気配を辿るうち、広く緩い涸窪が近づいてきた。ブドウ沢一四七〇米圏出合支沢の窪の一つで、伏流の隙間から、雪解けの凍りつくような清水が汲めた。僅かだがまだ雪が残っていた。黒槐と笠取の間の稜線上の鞍部が意外と近くに見えた。水平に複走する痕跡は、一帯では珍しい広葉樹の明るい森を通り、支沢の本流である次の緩い窪が近づいてきた。渡ったのは一七四〇米圏の小さな二股の部分であった。
 いよいよ笠取山北面の険しい山腹に差し掛かった。倒木と崩れた巨岩の荒れた斜面を何とか通過し、小流のガレ沢渡った。頭上には今にも崩れそうな巨石があり、この小沢の崩壊は拡大中のようだった。大規模な岩壁下をへつる様に通りぬけ、笠取山東峰の北尾根上の尾根か谷か分からぬ複雑地形を、障害を上下に避けつつ道的な空間が全体としては水平に進んでいた。北北東向きの微小窪を一七四〇米圏二股で渡った。両股とも窪というよりむしろスラブの様だった。左岸一帯に立ちはだかる岩壁の唯一の弱点に見えた右下をへつって抜け、窪状を一七七〇米圏の岩塔下鞍部まで痕跡に従い登り返した。その途中で見た直径十数センチの倒木の人為的な切断面が、ルートの正しさを暗示しているようだった。この岩塔のある尾根は、笠取山東峰の北尾根の二手に分かれた片割れで、この先百余米が最大約六十度の核心部である。しかしこの鞍部で道の痕跡は不思議なほどスパッと消滅していた。水平方向は岩混じりでシャクナゲが混生した急傾斜の疎らな針葉樹林、尾根上はシャクナゲの密ヤブが覆う岩稜、鞍部の下方向も道型はなく崖状の泥斜面を落ちるように下るのみ、いずれにせよ林道を思わせる通路は見つからなかった。掛かっていた桟橋が落下し、跡形もなく唐突に道が消滅したのであろうか。例えば現在一般登山道として使われる雁坂小屋へ登る黒岩林道を見ても、何気なく通過する桟橋をよく見ると、もし桟橋がなければ手も足も出ない様な岩壁を伝って渡っている所がある。このような箇所で桟橋が不朽して落下すれば、道は何の痕跡もなく突然途切れることになる。それ思えば納得できる状況だ。帰宅後の基盤地図情報の精査で、鞍部から約五〇米の泥壁を急下し登り返せば核心部を抜けられたと思われたが、林道として全く不自然な道の付き方であり、丹念に観察したがその痕跡は認められなかった。やはり一帯を桟橋で水平に抜けるのが、往時のルートであった可能性が考えられる。

 

⌚ฺ  支沢右俣の1760M付近二股-(1時間5分)-笠取山北面岩壁東端 [2017.5.19]

● 笠取山北面岩壁西端~雁峠山荘

 二股の左岸を道は下り気味に続き、その先で今渡った流れの二つの左岸支窪を続けて渡った。苔むしたモミやツガの美しい原生林を行く、あるかなしかの痕跡を辿った。うんざりする様な崩壊や倒木を越え、シャクナゲヤブを縫って進んだ。小岩稜を少し登って越えると、向こうは緩い窪状だった。ブドウ沢の一四四〇米圏出合支沢と一四七〇米圏出合支沢を隔てる黒木の丸い尾根の辺りは、ある程度道らしい雰囲気が残っていた。断続的な道の気配を辿るうち、広く緩い涸窪が近づいてきた。ブドウ沢一四七〇米圏出合支沢の窪の一つで、伏流の隙間から、雪解けの凍りつくような清水が汲めた。僅かだがまだ雪が残っていた。黒槐と笠取の間の稜線上の鞍部が意外と近くに見えた。水平に複走する痕跡は、一帯では珍しい広葉樹の明るい森を通り、支沢の本流である次の緩い窪が近づいてきた。渡ったのは一七四〇米圏の小さな二股の部分であった。
 いよいよ笠取山北面の険しい山腹に差し掛かった。倒木と崩れた巨岩の荒れた斜面を何とか通過し、小流のガレ沢渡った。頭上には今にも崩れそうな巨石があり、この小沢の崩壊は拡大中のようだった。大規模な岩壁下をへつる様に通りぬけ、笠取山東峰の北尾根上の尾根か谷か分からぬ複雑地形を、障害を上下に避けつつ道的な空間が全体としては水平に進んでいた。北北東向きの微小窪を一七四〇米圏二股で渡った。両股とも窪というよりむしろスラブの様だった。左岸一帯に立ちはだかる岩壁の唯一の弱点に見えた右下をへつって抜け、窪状を一七七〇米圏の岩塔下鞍部まで痕跡に従い登り返した。その途中で見た直径十数センチの倒木の人為的な切断面が、ルートの正しさを暗示しているようだった。この岩塔のある尾根は、笠取山東峰の北尾根の二手に分かれた片割れで、この先百余米が最大約六十度の核心部である。しかしこの鞍部で道の痕跡は不思議なほどスパッと消滅していた。水平方向は岩混じりでシャクナゲが混生した急傾斜の疎らな針葉樹林、尾根上はシャクナゲの密ヤブが覆う岩稜、鞍部の下方向も道型はなく崖状の泥斜面を落ちるように下るのみ、いずれにせよ林道を思わせる通路は見つからなかった。掛かっていた桟橋が落下し、跡形もなく唐突に道が消滅したのであろうか。例えば現在一般登山道として使われる雁坂小屋へ登る黒岩林道を見ても、何気なく通過する桟橋をよく見ると、もし桟橋がなければ手も足も出ない様な岩壁を伝って渡っている所がある。このような箇所で桟橋が不朽して落下すれば、道は何の痕跡もなく突然途切れることになる。それ思えば納得できる状況だ。帰宅後の基盤地図情報の精査で、鞍部から約五〇米の泥壁を急下し登り返せば核心部を抜けられたと思われたが、林道として全く不自然な道の付き方であり、丹念に観察したがその痕跡は認められなかった。やはり一帯を桟橋で水平に抜けるのが、往時のルートであった可能性が考えられる。

 

⌚ฺ  支沢右俣の1760M付近二股-(1時間5分)-笠取山北面岩壁東端 [2017.5.19]

● 笠取山北面岩壁西端~雁峠山荘

 途切れた林道の痕跡は、笠取山西の肩から北に出る小尾根の分枝のやや東、一八一〇米圏の地点で回復していた。そこから東は、調べてみても、シャクナゲや灌木のヤブと急な岩稜により、道の痕跡が完全に消えていた。微小な岩稜状を越えて一〇米ほど下ると、痕跡は水平になった。この地点でも下方を探ったが道の痕跡は見られなかった。地形的にはさらに三、四〇米も下れば何とかトラバースして東へ抜けられそうだったが、林道の痕跡を無視して無理にルートを繋いでしまっては、もはや林道歩きではない。
 痕跡が回復してから数十米の辺りで、笠取山西の肩の北尾根の主脈を回ったが、そこから切株や立ち木処理も明瞭な作業道跡になった。その数十米先の崩壊小窪は、踏跡を伝って注意深く渡った。伐採で荒れた斜面は弱い踏跡が輻輳していたが、ほぼ水平に行くと北西へ下る丸く不明瞭な尾根から車道跡になった。辺りは一面の低い笹原で、古いワイヤーの残置が多く、時々新し目のピンクテープを取り付けた木が目に入った。明瞭な車道跡を百米強ほど水平に進むと斉木林道(車道)跡のヘアピンカーブ状の折り返し地点に出た。ここが御殿岩東から続く歩道の終点である。
 斉木林道跡の歩きにくい廃車道を左に辿れば、十分弱で「小さな分水嶺」と命名された一八三〇米圏小丘脇の道標脇から現役の登山道となり、笠取小屋に通じている。ここは折角なので斉木林道跡を右に取り、雁峠へと向かった。水平に続く廃車道はドラム缶の落ちた小窪を回り、五分ほどで、かつて営業小屋だったこともある国有林作業小屋の雁峠山荘下を通過した。山荘へ上がって、さらに裏手の小道を辿れば、雁峠はすぐ目の前であった。

 

⌚ฺ  笠取山北面岩壁西端-(20分)-雁峠山荘 [2017.5.19, 2013.6.23]

【林道途中へのアクセスルート】(確認済みのもの)

  • 黒槐ノ頭から通り尾根道
  • 黒槐・笠取間1909独標東鞍からブドウ沢右岸一四四〇米圏出合支沢右股下降

 

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通り尾根を横切る箇所はほぼ見えない
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低い笹の小尾根を約一二〇米急下
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支沢左股の一七六三米付近の複雑な合流点
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倒木帯では道は完全に埋もれている
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倒木が都合よく丸木橋になっていた
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これだけ綺麗に道が残った部分は珍しい
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この程度道が見えれば御の字だ
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支沢右股の一七六二米付近二股
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二股の右股窪を詰めれば国境はすぐ上
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対岸に取り付く踏跡
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崩壊と倒木で通過に手間取った一帯
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針葉樹下のシャクナゲをかわして進む
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岩稜の小尾根を乗越す
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尾根を回る時に道型がよく見えた
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乗り越えて進むしかない
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崩壊が進むガレ小窪を渡る
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この程度道の雰囲気がある所は楽
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岩壁下をへつりながら見下ろす
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付近で唯一の人為的な痕跡である切断面
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笠取北面の岩塔脇鞍部で痕跡が消えた
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雁峠方面の車道が近づき作業道の痕跡が
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崩壊は微かな踏跡で通過
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車道跡が現れると斉木林道跡も近い
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やがて車道跡は雁峠小屋下に達する