通り尾根道 【廃径】

 黒槐越えは、かなり古い時代に歩かれていた一ノ瀬から秩父への峠越えの間道だ。まともな記録がなく、存在すらほとんど知られていないのは、一ノ瀬・三ノ瀬の住民が滝川流域に盗伐に行くときの経路であったため(山と渓谷16号・原全教)であろう。
 道は一ノ瀬から中川右岸を登り、三ノ瀬からの道を合わせて、中島川右岸から黒槐尾根に取り付き、黒槐ノ頭を越える。ほぼ同じ位置から武州側にも尾根が延びており、それが通り尾根(通行用の尾根の意)と呼ばれる。途中、雁峠へ続く滝川林道(現在雁峠歩道と呼ばれる巡視歩道)が左から合流し、最後は釣橋小屋へ急降下する。急峻な通り尾根下部の下降、滝川の激流、と下へ行くほど困難が多く、大正五年前後(奥秩父・正編による)の滝川林道開通以前は、大滝村への峠道として使われていたとの話を聞かない。とすれば、通り尾根越えは、秩父側の明確な接続路を持たない、たかだか釣橋小屋近辺へ至る越峰路であったと考えられる。
 通り尾根越えの唯一の記録は田島が残したもので、滝川林道分岐から黒槐ノ頭まで酷いヤブを漕いで一時間半余りかかった、とし、同時に荒廃しお勧めできぬ、ともしている。田島の著書「奥多摩」には道筋の概略図が示され、六、七年前に知り合いの営林署員が、落合に行くとき通ったとも記されている。原も滝川林道通行時(発刊年から昭和7年以前と推測)、分岐点に「左廃道危険、右バラトヤ新線甲州ニ至ル」の札が有り、近年まで使用されていたようだと述べている。

● 滝川林道分岐(1479M独標付近)~1770M圏水平道分岐

 ほどなく稜線はシャクナゲヤブとなり踏跡が分散するが、左巻きがよさそうだ。1540M圏で右に道らしき痕跡が分かれたので雁峠歩道の新道かと調べるが、すぐ笹ヤブが酷くなり使えそうにないので、通り尾根に引き返した。
 背を越える笹の中の明瞭な踏み分けを登る。笹は枯れ始めているようで、掴むとときどきポキッと音を立てて折れるものがある。この以外と明瞭な道は、元々拓いたのは人であるにせよ、糞の多さからして現在は鹿により踏まれていまるのではなかろうか。笹ヤブはむしろ有り難いもので、シャクナゲヤブ、倒木で寸断されると、すぐさま不明になる。
 1580M圏の地形図に見える小平地は、背の低い木が密集した、暗い森の中の陰気な場所だ。高い笹は姿を消し、ヒノキ、コメツガの森になってくる。また群生するシャクナゲヤブの波状攻撃が激しくなってくる。まず小さい一つを潜るように中央突破し、次いでブドウ沢側から巻いてかわす。1690M圏のシャクナゲヤブはちょっとややこしい。いったんブドウ沢側の小さな窪に入り、支尾根に移り、それを登って主尾根に戻ることで、結果的に稜線のヤブを避けている。行きの下りのときは、かなり慎重に道を確認した箇所だ。
 森の中の道は、笹と違い踏跡をやや見つけにくい。それでも根の露出した部分は、それを削るように歩かれているのである程度分かる。次のヤブは、右がシャクナゲ、左が笹で、歩きやすい巻き道がなく、稜線のシャクナゲ帯を縫って突破するのが一番ましのようだ。
 やがて森と低木の多少ヤブっぽいが落ち着いた道になり、傾斜がかなり緩くなる。1741M独標の辺りだろう。さらに原生林に低い笹の、細く明瞭ないい雰囲気の踏み分け道となる。
 1770M圏で右のブドウ沢方向に、水平な踏跡が分かれている。いやむしろ、その方がメインルートに見えなくもない。この道は原生林をほぼ水平に行く踏跡で、ブドウ沢への下降路を分ける支尾根(ブドウ沢1440M圏右岸支沢の右岸尾根)上の1760M圏展望地を通り、さらに北面林道に接続し雁峠へと続いている。滝川林道のブドウ沢右岸の崩壊の回避ルートになっているわけだ。

 

⌚ฺ  滝川林道分岐-(40分)-1770M圏水平道分岐 [2014.5.17]

● 1770M圏水平道分岐~1880M圏北面林道交差

 しばらくの間、横切る枝道の踏跡が多い区間だが、真っ直ぐ尾根を登る限りは問題ない。また1770M圏~1850M圏までは、行き(下り)にしか通っていないので、その時の様子を逆順に説明する。徐々にシャクナゲヤブに倒木が加わり、歩き難くなってくる。次のシャクナゲヤブは、よく見ると中央を突破する踏跡がある。いったん低い笹になるが、また石楠花が出るとブドウ沢側からかわし、再び笹になると1850M圏で大きな支尾根が合流する。合流部分ではどちらの尾根も幅広なので分かり難いかも知れないが、初回訪問時、ここで唯一のマーキングである赤テープを見たので、重ねて白テープを巻いておいた。その後何回か訪れたが、現在赤テープは外れて白テープしか無く、それも次第に外れかかっている。またテープの位置は厳密に尾根の分岐点ではなく、主尾根を僅かに下った1847M付近の緩い笹原の中である。
 尾根上は倒木が目立ち初め、尾根筋を行くルートと、右の笹原を絡むルートが併存するようになる。1880M付近でいったん倒木が収まり針葉樹林の森になる辺りで、唐松尾・黒槐北面林道が交差する。地形特徴のない尾根の途中で特に目印もないので、尾根を登りながら痕跡程度となった北面林道を見出すのは難しいかも知れないが、少し上の1885M付近に白テープがあるので、目印になろう。

 

⌚ฺ  1770M圏水平道分岐-(15分)-1880M圏北面林道交差 [2014.5.17, 2018.4.28]

● 1880M圏北面林道交差~甲武国境(黒槐ノ頭北鞍部)

 すぐに尾根上が笹原になり、倒木が凄まじく稜線を辿るのが難しくなってくるので、踏跡に従い大倒木帯を右からまとめて巻いた。いったん尾根に戻り、疎らな原生林の急勾配を登った。奥秩父らしい、いい雰囲気のところだ。1955M付近から、露岩とシャクナゲヤブのため尾根通しの通行が困難になる。道の痕跡は何とか見えるのだが、山腹を左にトラバース気味に登るようになるので、何度か通ったがしばしば道を失った。そのため、ここ(1955M圏)を1つめとして、点々と4つの白テープを打った。
 幾つかの小尾根や微小尾根に絡みつつ、苔むした岩とシャクナゲを縫って古道の痕跡が断続していた。それはしばしば分散し、不明瞭になるが、最大公約数を拾って、斜めに高度を上げていった。約2010Mの高度で、通り尾根の2018M鼻の東尾根を回る辺りで斜登高が終わるので、ここに4つめの白テープを打った。この区間はルートを外すと猛烈なシャクナゲと露岩や崩壊に苦しむので、慎重にルートを追うべきである。ここから踏跡は、南北に長い2020M圏峰の東面の暗い森をほぼ水平(厳密には緩い下り)に進み、幾本かの天然カラマツのところで広い笹原に出た。すぐ先に見えるのは、国境の2024M峰と長い2020M圏峰とが成す1990M圏鞍部であった。枝沢源頭の一面笹の無立木地の向うに、唐松尾から黒槐に掛けての国境稜線と、頭を覗かす見事な富士の風景が見え、既に甲州側の雰囲気だ。
 鞍部で2024M峰に直登する微かな痕跡を分け、国境越えの旧道である笹の中の踏跡は、2024M峰の東を水平に巻くようになった。田島勝太郎は「越えるのは真の頭の少し西である」と述べているが、当時の地形図では黒槐ノ頭が過大に、2024M峰が過小に表示されていたため、田島の云う「真の頭」とは黒槐ノ頭を指していたためであろう。昭和39年に通り尾根道を辿った奥多摩山岳会の内野暢雄らも、同様にこのルートを辿っている。
 低い笹の中を数分進むと、労せずして国境を越える黒槐ノ頭の北鞍部に出た。一面の平らな笹原を、行く手を遮るように稜線近くを行く東京都の水源巡視道が横切っていた。

 

⌚ฺ  1880M圏北面林道交差-(←25分)-甲武国境 [2018.5.12](時間は逆ルート歩行時のもの)

● 甲武国境(黒槐ノ頭北鞍部)~黒槐の板乾場(水源巡視上段歩道)

 広々した国境の1990M圏鞍部から、黒槐ノ頭西面の低い笹原の微かな踏跡を緩く下り初めた。バラけて不明瞭な左斜めの緩い下りは、谷が近づくと右岸の微小尾根の笹の下りとなり、すぐに1945M付近で左手の涸れた谷底に降り立った。谷を下る分散した不明瞭な踏跡は、少し下ると左岸を水平に進み始めた。谷を離れる地点に白テープを打っておいた。ほぼ水平に行くうち、1910M付近の黒槐ノ頭から来る左岸尾根の岩稜帯が終わるちょうどその地点で、尾根に乗った。
 尾根通しに下る踏跡は、1887M独標の平坦地を過ぎると、分散して一貫しない笹の中の踏跡となった。更に下ると少ピークの手前から尾根の西を巻くようになり、不明瞭なまま斜面を一定ペースで緩く下った。踏跡は尾根筋を外れたまま、道標の数十米笠取側に行った辺りで、笠取小屋と将監峠を結ぶ水源巡視上段歩道に飛び出した。道標や水源地遊歩道の案内看板がある地点は黒槐の板乾場と呼ばれており、中島川口登山口から馬止を経て登ってきた登山道が、上段歩道にぶつかる地点である。

 

⌚ฺ  甲武国境-(←30分)-黒槐の板乾場 [2018.5.12](時間は逆ルートで歩行時のもの)

【林道途中へのアクセスルート】(確認済みのもの)

  • 甲武国境(黒槐ノ頭・2024独標鞍部)

 

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通り尾根の1500M付近の笹を行く良道
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笹が枯死して歩きやすい
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通り尾根に戻り枯死笹ヤブの切開きを登る
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樹間から唐松尾北尾根の黒岩が覗く
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ヤブがなければ道は明瞭
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1770M圏の水平に右に分かれる踏跡
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1850M圏の通り尾根二分点付近
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尾根二分点近くのマーキング
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この下で唐松尾・黒槐北面林道が横切る
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2020M圏峰下山腹の分かり難いトラバース
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ガレ通過時は道型が見える
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通り尾根最上部の苔むした原生林
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同2020M圏峰の東側原生林を巻く
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国境稜線北2020M圏峰を登る薄い踏跡
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2020M峰南から笹原と国境稜線を望む
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2024M独標の東を巻く微かな踏跡
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国境の広い鞍部を振り返る
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涸窪を下ると、やがて黒槐尾根に乗る