サス沢遡行、ジゴク谷下降

 「奥多摩大菩薩高尾の谷123ルート」[1]に28年前の記録が記載された沢だが、様子が若干変わってきたようなので簡潔に報告し、併せて多少の情報を補足した。

●サス沢遡行

 保之瀬から入渓点までのアプローチは変わらない。丹波川右岸を下流へ行く道は、集落から数百米離れた一軒家を通り過ぎると、崖に渡した崩落した木橋を高巻いて通過し、植林を抜けてジゴク谷を渡る。途中で分岐する旧道を見送り、谷の右岸を標高七〇〇米辺りまで大きく登ると水平になる。すぐにサス沢左岸尾根を登る踏跡を分け、あとはただ水平に植林を進む。植林が切れると獣道程度になり、やや下って六七五米でサス沢に下る。細く時々不明瞭になるが、まあ何とか使える道である。だが特に末端付近は道として認識困難な程度に消えかかっている。

 ガイドにある入渓点付近のワサビ田は、痕跡を感じる程度で実質はほぼ消滅していた。平凡な河原を進むと、ワサビ田の本拠地である七三五米二股である。小屋やブルーシート、波板、保護シート等の残骸との壊れた石組みが見られるも、ガイドが言う「きれいに手入れされたワサビ田」とは程遠い廃墟である。逆にいえば、自然に近い良い遡行環境になったとも言える。

 その先はガイドの遡行図のように数えきれない小滝が連続する。雨期で増水していたので、本来は何も考えず登れる容易なルーティングと見えたが、全身に水を被りたくない身としてはそれなりに工夫が要り楽しめた。ガイドでは「時々3~4mの滝も現れるが、簡単に越せるのであまり緊張感はない。」とあるが、おそらく平水では別個の小滝が増水で結合したと思われ、二、三条で流れる数米の滝が複数見られた。例えば遡行図「3m斜滝」五米三条に拡大し、面白い滝になっていた。

 標高九〇〇米辺りから滝の規模が小さく退屈になり、一一一五米辺りで水が消えた。最後の方は平水なら涸れていただろう。詰めは山腹に取り付くも斜面が水を含んで緩んでいたためか、登ってはずり落ちるので苦しかったが、山頂付近でカラマツ植林になると急に安定して登りやすくなった。とすると、九八五米付近で一瞬だが左岸の数十米奥にカラマツ植林が見えたので、それに取り付いた方が楽だったかも知れない。あと山頂直下で、ガイド当時はなかった車道を横切ったのでびっくりした。

 

⌚ฺ  保之瀬-(40分)-サス沢675m-(15分)-735mワサビ田跡二股-(1時間5分)-1115m水涸れ-(30分)-鹿倉山 [2023.6.18]

 

●ジゴク谷下降

 ガイドでは「源頭までは次々と小滝がかかり、非常にまとまった楽しい沢」とされている。だが滝がどうこう言うより、溝状の沢の形状と相まって、沢というより排水溝かと思うほどの水量の少なさばかりが印象に残った。同日に登ったサス沢はなかなかの水量だったのとは、対極的である。「水量が少ないのが難点」との記述もあるが、水のチョロチョロ流れる岩地を下る感じだった。ガイド著者との水や岩に対する考えの違いが、このような評価の違いになったと思われる。水が余りなくても登攀できればOKの方に向いていると思う。

 鹿倉山から初めはサス谷左岸(ジゴク谷右岸)尾根の踏跡を下って何もなさそうな部分を飛ばし、ジゴク谷の九〇〇米付近に降り立った。ガイド遡行図でゴルジュっぽく描かれた付近ではないかと思う。小滝が果てしなく続き、特にこれといった大イベントがないまま、狭く直線的な谷の排水口のように狭い水流脇を、初めは登山靴でどんどん下った。次第に両岸に岩が多くなったので、七八〇米付近の三米位の狭い滝の上で地下足袋に履き替えた。依然として小流ながら滝は連続していて、下降はあまり得意としないので、ちょっと面倒そうに見えたら捲いて下った。両岸の何れかに捲きの余地はあったが、斜面が緩んでズブズブ潜ったり置いた足ごと崩れる状態なので、その点捲きも厄介だった。斜度は最大で五、六〇度あり普通の方法では通行が難しい箇所もあり、その場合は僅かな立木、灌木や、また地面や岩との摩擦を利用してルートを制御しながら意図的に滑落して下降した。尻セードの土砂版である。ガイドで「F2(8m)」とされる滝は、滝というより岩壁のフェイスをチョロチョロと水が流れ落ちている感じで、一五米はありそうな高度感の強い滝である。この谷は滝が連続していて、どこを滝の一区切りと見るかで高さも違ってくるから、ガイドの著者は中央のテラスで高度を区切ったのであろう。ここも左岸の滝から少し離れた凹凸の少ない急斜面を、土砂の尻セード降った。その下も高度感を受ける斜度ではないが岩盤を下る局面が続いた。下方に植林が見えてくると、下降地獄もあと僅かである。なぜ「ジゴク」の名を持つか不思議だったが、地獄ような休む間もない登攀や下降の連続からこの名を得たと、勝手に納得した。

 

⌚ฺ  鹿倉山-(5分)-車道を離れる-(25分)-サス谷左岸尾根955m付近-(10分)-ジゴク谷900m付近-(1時間10分)-サス沢への歩道-(15分)-保之瀬 [2023.61.18]

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保之瀬集落内のサス沢道
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植林をサス沢へ向かう
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サス沢道のジゴク谷横断部
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サス沢675mで入渓
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退屈なワサビ田跡
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時折3mクラスの滝が現れる
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735m二股のワサビ田跡
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増水で3条5mになった斜滝
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斜度は弱いが数mの滝が続く
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連瀑帯を楽しく登る
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増水して源流近くも水量豊富
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詰めは斜面が緩んでいて大苦戦
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フェイス感強いジゴク谷最大の15m滝

 

[1]奥多摩渓谷調査団『奥多摩大菩薩高尾の谷123ルート』山と渓谷社、平成八年、宗像兵一「サス谷」一三二~一三三頁、宗像兵一、「ジゴク谷」一三四~一三五頁。